日常は奇跡で永遠。
そんな感じがじんわりしています。
スピリチュアルです。
スピリチュアルという言葉。
最近、一時期ほどきかなくなりました。
流行だったのか、
当たり前になったのか、
よく分からないですが、
その言葉自身のもつ力がプラスティクなようなものに
なってきたのではないのかと思います。
ぼくはもともとスピリチュアルという言葉をあまり使いません。
なぜだかわからないのですが、
当たり前のことをことさらにいうことのように思えていたのと、
なにかこの時期にあってその言葉は仮設・特設会場のような雰囲気です(笑)
仮に18世紀のロマン派の詩人が
もしスピリッチュアルという言葉を使ったとしたら
内側から萌え出でるエナジーを感じます。
ところで、
最近、スピリチュアルだと感じだことはたとえば、
間違えてアメリカのサイトに注文したCDが長旅を終えて手元に来たことや、
パットメセニーグループのラストトレインホームをスーパーマルフジで聞いたとき
ジョニーミッチェルのアルバムblueを聞いている最中、仕事の注文が入ったこと
WEEZERの the angel and the oneを妻に説明したこと、
月に地球が影を落としているのを思ったとき
新聞配達が3時にポストに新聞を入れるカチャッという音
クレマチスがこの時期につぼみをつけようとしたこと
息子の笑顔、
ギャグをいわない妻のギャグ
朝の空気が湿り気を帯びて植物の呼吸を伝えたとき.etc..
そして、この私の存在。
大きな光から分光して収斂するかんぢ
この地球だからこそ、スピリチュアルという言葉は
ステージになりえるのかなと思うしだいです。
日常は奇跡で永遠。
そんな感じがじんわりしています。
スピリチュアルです。