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humming planet

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2011年 06月 11日 ( 1 )

今をいきいているというのは、「しない」という条件のなかにはない。

最近、不安や怒りをつくらない
という自分のスタンスがいつのまにか
できあがっていた気がします。
それは色々な人に影響を与える、ということだけでなく
自分にとって痛みを覚えるからという
「懸念」がのこっていたからです。

楽しく、心穏やかに今を生きる、
というのは、「ネガティヴをつくらない」
という条件のなかにはありません。
「〜をしない」のではなく、
「自然とそうなる」というなかにあるのかもしれません。

つまり、「楽しく穏やかに今を生きる」は
常にあるんです。見逃しているだけで!
愛が動詞となって常にはたらいている。
そこにぴたりとどっぷりとはまっていることを
自覚しつづけること。客体もなくなり
そのものになってしまっていること。
すでにぼくらのうちにあります。
うちにあるという言い方も離れているんですが。
そう、「幸せや喜びを見逃す」ということは
自分から離れていこうという力学なのかもしれません。

だから、不安や怒りのなかにヒントがあります。
(その状態のままでもo.kと言っている訳ではありませんよ!)
そこに捕われている自分がデフォルメしてあらわれてくるんですね。
このネガティヴに捕われているとき、
「今が空洞化して」しまうように感じ、
違う意識にトリップしたままになるんですね。
そちらは自然な流れの中にいないので
自然な流れに呼び戻されると
自分にかけている負荷(ネガティヴ)が悲鳴をあげます。
その悲鳴に気付けば、そのネガティヴ大きなふり幅になり
素晴らしい想像を生みます。つまり,その経験は決して
ネガティヴでなかった今を体現できるんです。

きっと、この今、全ての流れが自然に動いています。
ぼくらが創りだして来た事はすべて自然のうちにあります。
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by sanshiro-1973 | 2011-06-11 04:30 |