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humming planet

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受けとめたら

今日はさらに抽象的で、さらにパーソナルな話題です。

しばらく続いた受け身モードから少し
はなれたみたいです。
積極的に発振をしていたら、するっと
なにか抜け出てたみたい。

最近、
「こんなかんじだったらいいのにな」という感覚がなくなっていたなぁと
少し振り返りました。
つまり、欠けている部分がないなと。
本来、欠けている部分というより、
全体の彩りを創ってる
「あそびば」「差」のようなものみたいなものかもしれないけど。

* * *

そう、欠けている部分への渇きは
「あらたな邂逅へ螺旋におけるのひねり」といえるかもしれない(笑)。

たとえば、携帯や、電化製品で「こんな機能があります。」と
書かれていたら素直にそれに従う生活がつづいていたような感じ。
自分で、「自分の生活にこんなのがあったらいいのになぁ」って
積極的に想うことを忘れていた。
あらゆることに消費的な感じです。
別に、それはそれで、楽しいからいいんだけど、
失ってしまうというか、あるのだけど、衰弱してしまう
身体的な機能というか。こころの機能というか
魂の機能がある気がして、
それでなんとなく納得していない部分をこころのなかで
抱えていたことがいかばかりかあったんです。

考え方、見方に関しても、そうで、
反復を繰り返すうちに
違うスフィアーがあらわれているのに
同じ発振をして同じ応えを求めている
予定調和があって
そういった応えを引き寄せてしまう(笑)
それはまるで花が咲ききった後の胡蝶蘭のように。
「わくわく」が「わくわくという思い込み、慣れ」に
なってしまうような感じ。

* * *

より全体性にかかわる部分に
身体や、こころ、魂が触れてくると
より多次元的になり、
個としての全体、全体としての個は
進化の発振をし始める。


* * *

「こんなのがあったらいいのになぁ。」と想った時に
意外と同じようなことを想う人いて
すでにあったりする、というか
やはりあったりする、それが
深い部分で共有されている感じがして
「従う」生活よりも楽しい。
あたりまえだね。

なんだか巧くは言えていないけど、
「今」は常に日を抱えて発芽している感じ。
ぼくらの呼吸はより全体性に寄与しているんだなぁって
あらためて想うのです。
同じ呼吸しろっていわれても、同じ呼吸にはならないけど、
それぞれの呼吸が美しく多次元に編み込まれていて
美しい地球なんだなぁって、地球讃歌しています!
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by sanshiro-1973 | 2012-10-16 00:07 |
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