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humming planet

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ぼくらの根幹をながれているありがとうのエネルギー

昨日はお休みだったので
ぼんやりニュースを見ていたら、
節約特集のようなものをやっていた。
節約といってもお金を使わないで、
「月1万円台の食費」とかそんなやつだ。
こうした番組をみると
それがお金の節約になっても、
なんだかトータルの節約にはなっていないように
想えることがある。

安いというだけで受け入れた食品などは
ほんとうに自分のからだにあっているのか?
そんなことを考えると、お金では換算できないものまで
失ってしまっているようにも感じることがある。
まあ、「安い」という感覚は主婦の味方だったわけだが、
今もそうだと想うが、無意識でそれを判断基準にしていないか
見つめ直す必要がある気がする。
お金に縛られ過ぎてはいないか、
考える事もまた必要なのかも。

物を自分のところに受け入れるときは
その物との交流があるから
お金も時に大事なエネルギーの一つだけど、
それは無意識に判断をくだしてしまうほどの
主役ではない。

ぼくはただで
無農薬の野菜をいただくことがあるが、
おそらくこれは節約というものには
つながらない。
これは発振受信力なんですよね。
あらゆるありがとうのエネルギーの交流があって
ぼくのところにやってきたわけです。
だからありがとうのエネルギーをぼくは
自然と流してしまうわけです。

自然食の店に行って、その野菜を
お金を基準にして判断すると、
高価なものになるかもしれないけど、
それがぼくの意志に合うならその野菜を
買うと想います。

あらゆるものにはありがとうのエネルギーが働いているから
基本、なんであろうと、うけいれることを決めたら
感謝してしまう。そこはぼくにとって大事だ。
たとえ安くても高くても、それが
判断のサポートにはなるかもしれないけど、
ぼくには
直感が大切です。
だから、「安い」のが
いけないってわけでもないんです。

受け入れる時も
こころがあたたかくなるような
自分の意志に合うものを選んでいる。
それがきっと「ほんもの」なのかもしれない。

昨今、断捨離ブームだけど、
これは意外と
ものを受け入れる時にも根幹は同じだと想う。
直感で、ありがとうのエネルギーをゆるして
融合して、手放すように
流れているイメージ。

そんなことをぼんやり
想いながら未来のコミュニティーを
今、創造しているのかもしれません。
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by sanshiro-1973 | 2012-03-15 15:27 | モノローグ
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