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humming planet

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観察

恐れを避けることは、
恐れを克服する事とは違うんだよな。
延期しただけなんだ。
確かに、対処として、
避けること、近寄らない事って
大事だと想うけど。
ただ、すぐに克服できていろんなものが
うまく流れることに関しては、
単なる滞りな氣がする。

よく見かけるのが
「ジャンクなものをたべたっていい」という言葉には
無意識にジャンクなものに対する恐れがあるんだよね。

それを充分に観察して自分のこととして生きるのは
かまわないけど、
このご時世、こうした発言が
ひとによっては不安を解いてくるために
支持されがち。

「自分がハッピーじゃないと!」というのは
ごもっともなんだけど、
果たして、自分が「ハッピーに見えたり、感じたり」できたりする
自分って本当の自分なのかな?
たぶん、部分であったりはするけど
全てではない氣がするんだよね。
そして、こうした部分的な「自分を生きる」のは
克服したり進化したりしているのとは
訳が違うんだな。
ただ、延期しただけ、もしくは踊り場にいるだけ。
そして、宇宙と自分を切断しているだけ。


ぼくが口癖のように言っているだけど、
自分を生きる時、
「どこまでが自分なのか」を
感じることをしてゆくって
大切なんだと想う。
自分の心体までが自分なのか、
家族までが自分なのか、
この街までが自分なのか、
この空気、植物、全ての自然までが
100年先のこどもたちまでが自分なのか、
太陽系、そして、宇宙全体が
自分なのか?

包容力が乏しいぼくがこの観察によって
包容力が増しているんですよ(笑)

だから、
観察、観じるということは
ずっとしてゆくことだろうな。

さて、全然関係ないですが、
この観察で、
1日の少しの時間だけで
穏やかで全人類全万物、
嫌いだった人も(笑)
愛している自分を発見する。

こうした時間が多くの人と共有できて
さらに、増していくと
地球のすごさが
もっとわかるのだろうな。

そして、

24時間認識できていたら
みんながみんなパラダイスだと
感じられるのかもしれない。

それにはまず、
観じてみる。
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by sanshiro-1973 | 2015-05-30 09:56 | | Comments(0)

文字について

小学生になった息子が
文字を書くのに苦戦している。

ぼくも似た経験があり
微かにその記憶ものこっているのだけど、
文字が鏡になったり
とにかく苦痛だった(笑)
あるときから、クリアーした
というよりクリアーになったのだけど、
今でも誤字脱字が多いのはその名残か。

今の段階で、ぼく自身、
左右を意識して独特な運動をすると
「文字が書けない」というリミットを
解除できるのはないかと想っている。
例えば、剣道や野球とか!


文字はエネルギーを引き寄せたり
解除したりするもののように感じる。
エネルギーを封印結界もすれば、
(意識の)切開もする。
神代文字はその際たるものかもしれない。

なので、話すことばと書く言葉は似て非なるもので
別次元なものであり、波動も違う。そして、
この両者の間には薄い次元の境の
ようなものはあるような氣がする。

基本、文字を必要としない
世界から地球に転生すると
硬いエネルギー吸収拡散器に
苦労するものもでてくるだろう。

だって、見え方、というより
観え方が違うのだもの。
脳の遣い方といってもいいかもしれない。
からだのさいぼうひとつひとつが
文字を感じるまでにフィットするまでには
努力も必要になるのかもしれない。
(それを宿命と呼んでしまうには重すぎるほどのものだけど。)

数日前から、
息子には文字をなぞりながら
音読させたり
書いたら音読させるようなことを
意識的にしてもらっている。
(少し変化が出始めたよう。)

世の中には
ディスクレシアと呼ばれる「障害」があるようなのだけど、
実はそれは「障害」ではなく使っている「観方」の違いであって、
とてもユニークな天から与えられた才能の
一現象なのではないかと思う。
むろん、この今の社会で生きてゆくには
まだまだ困難におもえることもあるかもしれないが、
時代はまさに変化しているようにも感じる。

「読み書きできない」ということは
もっと大事な才能のために生まれる副産物にすぎない。
そこにフォーカスばかりしていると
全体が見えてこない氣がする。

この才能の本質を知るには観察意外にない。
そして、「読み書きできない」影に隠れている
本体の突出した才能を伸ばすことが大事だ。


今、息子は文字習得にたくさん努力をしている。
そして、両手効きで、左と右の感覚に戸惑っている。
(一応、右に落ち着いた。)
この本体の観え方の感覚を保持しつつ、
文字も獲得出来たらどんなに素晴らしい事か!
だから、文字習得によって、
彼独自の観え方を失って欲しくないと想う。

ぼく自身、文字を書くのが右で
ダイナミックな運動をする時は左。
脚は右。
おそらく両効きだったのだろうね。
強制的に、左手=右脳の使い方がどこかで
封印されている氣がする。
なので、時々左手も使うようにしている。

(いまふと、おもったのだけど、
右目を使って文字の読み書きをしたら
文字が書けないというコードが
外されるのかもしれないと想った!
けど、どうかな?、笑)


これは一般的には理解できないかもしれないけど、
「みんな」と同じようにできる幸せから
自分の違った観方をしてし幸せである時代に
すでになっている氣がする。

息子からしたら旧タイプの封印&解除術である
文字の世界も知っておいてくれると
いずれかそれがアンティークなお土産になるかもしれない(笑)


  * * *


追記:

実は今見えている世界は
ぼくらの想うリアルではなく、
見えているもの(仮)と
おなじものでありながら、
全然、べつものの形態をなしている。
違う観方では!

そもそも、「リアル」という共通認識は
集合意識のチャンネル領域にはまった
見え方であって、
違うチャンネルでは嘔吐するほどの場合もある。

肉を食べない惑星のひとからみたら、
食肉は死骸を食べているという意味を
与えられる喩にもにてますね。

地球に生まれたからには
ある程度のチューニング(時にリミッターともいう)のなかで
学びながら暮らしているんだね。
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by sanshiro-1973 | 2015-05-26 13:07 | モノローグ | Comments(0)

祝福

一昨日ぐらいのおおまかなメッセージなのだけど

自分のことにこだわるのはいいのだけど
さらに祝福しようということだった。

自分にそれができているかな?
今、確認中です。

私の母も感じとっているようです。

それを素直に表現すればいいだけ。



 * * *

どこかで
受け取る事ばかり考えてはいなか?
わたし、あなた
わたしたちの全生命は
常にすべてを祝福している。

自分にこだわるのはいいです。
ただし、
ほんとうの自分に関心をもちなさい。

意識をあらゆるものを
祝福している自分に
フォーカスしてください。


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by sanshiro-1973 | 2015-05-16 11:16 | | Comments(0)

台風一過

先日の台風はぼく的には
優しいクレンジングのようにも観じました。
報道はおおげさに被害をピックアップしますが
体感では通常の激しい雨程度でしたね。

ただ、この台風がもたらしたのは
進化を加速させるおしらせする
地球からのメッセージであったように観じます。
第2チャクラに息吹を吹き込み
創造力にエナジーを加える感じです。

台風当日、わたしも発熱して
うちにしまってあった覚悟が明確におもてにでてきました。


みなさんが描くヴィジョンにむけて急速に
ことは動き出しているような氣がします。

* * *


この宇宙をどれだけ愛しているか
この宇宙にどれだけ愛されているか
これを観じています。
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by sanshiro-1973 | 2015-05-14 10:01 | | Comments(0)