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humming planet

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よりらくに

最近、テレパシーが通じたり
受け取ったりする割合が増えた気がする。
こと息子や嫁さんに対してはさらに!
ことばを使う前に
シンクロした行動に出る感じ。

言葉というより波形のような感じで
受け取っている感じがする。
表現することばはちがっても
共有している内容は間違いなく同じのよう。
「同じ」というのも違うんだけど(笑)
まあ、同じなのかな。

まだひらがなさえ読むのがおぼつかない
息子が文字がついた絵を読んで
だいたい内容を把握して、
時々、漢字を含む文を
口にしていることがあるのだけど、
それも読んでいるのでなく
そこにある情報の波を
言葉に変換しているんではないかなぁと想うのだ。

別に、息子が特別な訳でもなく、
みんなそれなりにそんな力を使っているのだと想う。

ちなみにぼくが学生時代、
論文を書くときの参考資料の洋書を、
触ったり直感で、なんとなく読み解けていた
そんな感覚に近いかもしれない。

もちろん精度はひとそれぞれかもしれないけど!

まあ、ノリとかグルーブ(古っ!)とかヴァィブスとか波動とか
そんな柔らかく軽く表現されるものかもしれない。
ぼく的には「ノリ」っていう感覚に近いのだけど!
でも、「ノリ」ってバカっぽく想われるかな?
なので、信用されない氣もするけどね。
今までは!今からはどうかわからない!
バカもまたよし!

* * *

さて、これに繋がる話かもしれないのだけど、
多次元の実感も観じている。
それはある意味
ひとつの「正しさ」の溶解でもあるのだけど。

ものを測るときそん次元の
価値観だったり、認識だったりをあてはめると
そこそこ通じるが、説得されているようで
納得はしていない。ただ、それも迎え入れる。

たとえば、体重計にのって
数字は軽くなっているのだけど
体感はまったくちがう
むしろ重く感じてしまうような時。
フィットするまでなんとかしようとは思わないけど、
そこを観じて、その今を迎え入れる。
そんな感じ。

もともと、次元間かは
うすいオーロラのようなヴェールのようで
ゆとりやあそびのようなものがある感じで
それを実感(受け入れている、実観)していると
さらに楽に生きられる。

だから、話したり、書いたり、読んだり、聞いたりする時、
考えて繰り出される言葉はめんどくさい!
だから読めないこともある。
なんか、宇宙語ととか、「ノリ」でできたことばは
すっと変換なしに受け入れられることがある。

最近、そんなかんぢ。
たぶん、地球以外の懐かしい感覚を
想いだしているところなのかもね。
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by sanshiro-1973 | 2015-01-22 10:55 | モノローグ | Comments(0)

迎え入れ、迎え入れられている

受け入れると言う力は
積極です。
そしてさらに、
宇宙は
受け入れるというということよりも
より積極であります。

すべては
迎いれ、迎えいれられている。


* * *

宇宙は積極だなぁとつくづく観じる。
発振した想いを常に迎いれているのだから。

話はずれるけれども、
先日、息子と習っている合氣道の稽古で
おもしろい例えと実践をした。

「冷たい水をのもうとして」
冷蔵庫のドアをあける。
それを妨げるように
自分の腕を抑える他者の手があるとする。

その他者の抑える手を意識してしまうと
「その手を振り払う」ことを意識してしまい
ドアを開けることもできずにもがいてしまう。

けれども
「冷たい水を飲もうとする」ことに氣を集めると
腕を抑えられても自然とドアを開ける事が出来
水も飲む事が出来る。
振り回されるのは他者の抑えられた手だけ。

ついつい目標からぶれてしまうと
妨げる方にフォーカスして
力を逆に与えてしまう。

言いかえれば、
目標があれば叶ったも同然なんです。
あとは、ただ想った事を意識してするだけ。
(目標設定もハートが赴くままなら
すでに実現したも同然。)

時に、出来ない理由やリスクヘッヂが
ブレーキをかけることがある。
まあ、そのブレーキになってしまう力も
不完全を創作し意識した完全の遊びのようなもので
いろいろな応援や惠をおぼえあじわうことが出来る
鏡の構造であるんだけど!

* * *


受け入れているという力を覚えたら
常に迎え入れられている事を覚えている。
ここには喜びのみ働いている。


* * *

氣づいたら
応用実践してしまう時代になっています。
悟りは目標でなく
はじまりです。

芽をだし葉をだし
花をつけ実をつけていることを覚えたら
あとはそう生きるだけ。
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by sanshiro-1973 | 2015-01-21 15:50 | | Comments(0)

虹の収束、黄金

ミカエルの剣は
何を断ち切るか?

* * *

今年になってから
私もそうですが、周りに
ひとそれぞれの正しさを
認識できるひとが増えています。
理不尽だと想えることも引いて観ると
ひとそれぞれの「正しさ」の枠のなかで動いていて
それを認識できると
その立場からも見えるようになります。

そもそも正しさとは何か?

正しいという意味は主張する枠ではなく
「混じり合う心地よさ」という意味に
変わりつつある氣がします。

「間」違いの間を埋めてゆく
双方の受け入れる腕であり手。

「正しさ」。
そこに本来は
意味などはないのかもしれませんが!


* * *

受け入れるという偉大な力が
発動しているのだと想います。
「受け入れる」といっても
自然体で受け入れる感じですね。
そこには積極性しかありません。


* * *

ミカエルが断ち切ったのは
自らの枠であり滞り
同時に開かれる幕です。
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by sanshiro-1973 | 2015-01-17 11:40 | | Comments(0)

あけまして、

久しぶりの更新です。

昨日は満月でしたね。
その月の周りはたくさんのスペースエンジェルがいたようです。
月の周辺をみていると銀粉の乱反射のように
きらきら光るものがありました。
スペースシップが集まっていたのでしょうね。

1月に入るとさらにいろいろと空に
集まっている感じがしました。

冬至以降から
大きな変調がすでに始まっているような氣もします。

わたくし事ではありますが、
4日の夜明け前に私の父が天に召されたこともあって、
その前日や前々じつも
まわりにシップがたくさん来ているようにも感じられました。

父はとても用意周到で、この世を去りましたから
最期までそんな父の姿に感服いたしました。
そして、父の息子になれて幸せだなぁと改めて実感できました。

感謝のひとことです!


さて、2015年からは
端境期から徐々に脱しようとする予感です。
色々な物が崩壊したり解体したりする一方で
今まで見えなかった光があちらこちらで
表に顕われるような観じがします。
ただ、まだまだ本番ではない氣がします。

出来ごとの1面だけをみてふりまわされないことです。
ただふりまわされても、そこをしっかりと味わう(笑)
その周辺や側面、背面、さまざまな角度、
その出来ごとの傍らの全然違う方角から
素晴らしい兆しが舞い降りているかもしれません。

今までも、フォーカスするとこころが暗いところばかりで
意外と見逃している事が多いんですよね!

地球から地球を見ないで
いろいろな惑星や銀河から
地球を観てしまう感じが推奨です。


* * *

2015年という年はどんなことが起きても
喜びにつながらる年なんだと観じています。
この年に決心したことはのちのち
大きな花になりますよ!

全体につながっている私、
私につながっている全体が
喜ぶことをしてしまいます。

私だけが満たされても、
また足りない何かをもとめはじめます。

つねに全体とつながっており、
ひとつであるということを深めると
常に満ちていることに氣づきます。
そして、
満ちてる喜びを選択してあじわうだけです!
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by sanshiro-1973 | 2015-01-06 15:56 | | Comments(0)