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humming planet

san6.exblog.jp

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逍遥

言葉やかたちは
本質を説明するには
あてにならないものだけど、
たのしんだり、あじわったりするのには
とても素晴らしい存在だね。

ぼくらはついつい
「あてにならないもの」を無視したりするものだけど
その見方で限界をつくっているのは
自分自身であるっていうだけの鏡なんだ。

実は、「あてにならない」と決めつけるところに
「あそび」がなく、味わいがない。
「あて」って、自分のとりあえずの妥協点っていうか
「そうあってあたりまえ、そうあってほしい」という感じなんだよね。

自由にあそぶ、
自由にあそぶ、
まさに、ぼくらは自由に遊んでいるんだな。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-29 23:23 | モノローグ | Comments(0)

地球ノート

6月になってから
どっさり担いでいた荷物を降ろしたかのように
さらに軽くなりました。
そして、空をみあげると
もうすこしで虹色のような空をよくみかけます。
一部ほんと虹のようなそらです。

ぼくらはどこにいても
かわらない光のペンシルのような存在だなと観じます。
どんな星から来ようとその時から
この本質は変わらないで
美しく輝いたまま。

ぼくらの多くはこの美しさを
潜在させてしまっていますが、
もったいぶることはないんですよね。

「どの時刻にいるか」で存在は乱反射するんだろうなと。
時間がないという今をつらぬく
ここ、つまりはハートから溢れ出している
創造は常にあるんですよね。

* * *

さて、朝、水につかりながらぼっとしていると、
メディテーションというのは「潜在している」という感覚を
顕在化するエクサイズなんだなと観じました。
本来、自然の在り方は、常にメディテーション状態なんです。
あえて、場と時間を創る必要もなくね。

だから、どこにつながろうと勝手です。

ただ、ぼくらのここは
(仮に)地球です。
地球のノート(調べ)をぼくらが創っているんです。

宇宙的な存在であると気づいたら
地球の調べをより美しい調べにしていくことが
ぼくらすべての存在が「今」しているんことなんですね。

まあ、いろんな言葉で
「救う」とか、「祈り」とかいろいろ
表現はありますが、
地球をどうこうしようというのではなく、
地球と一体なんだから
このまるまる命をめいっぱい輝かしていることが
おおくの人が「求めている」ことで
その求めていることは
すでにこの身に実っているんですね。

地球はまるまる調和な
玉を求めているんです。
元めているんです。
根源からあふれている
愛の表現。
そして、これは常に
顕われているんです。

* * *

さて。この数年、ほかの星の人とのコンタクトは増えると想いますが
今、あるメディアではないメディアを使う感じですね。
すべてのひとに宿っているので、
スイッチをオンにとりあえずしてみるといいかもしれません。
あとはアンテナですね。
ぼくも今、いろんなアンテナの方向性を試しています。
4次元のものとつながることもあれば、
それ以外もあります。
そこで問題は、頭で理解できないことを
「崇高」と想ったり、「否定、あるはずない」と判断すること。
これは今まで散々してきたことなんですよね。だから、
ここ地球ににいる「わたし」はどんな表現をしてしまうかが
結局大事なことなんだと想います。

コンタクト後も、ここ地球におりたった
光としての私がいかに
ケミストリーを起こしてしまうか、
それが大事な気がします。

外にもとめる先、つまり
咲きが地球なんですよね。
地球にいて外に求めているのは
なんだか変なんです。
多くの方々は記憶を失って
外を求めて地球に来たのですから(笑)
ここをもとめておりたったぼくらは
いかに咲きましょうか?

わくわくしちゃいますね!

ふふ
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by sanshiro-1973 | 2012-06-28 21:46 | ダイアローグ | Comments(0)

ひとつであることから眠りについて、ひとつであることに目覚めている

実際は大きな視点も小さな視点も
さしてかわらないようにも最近想います。
とてもニュートラルなハートの視点からすると。

視点によって、
判断があるか、それとも、
そのまままるごと受け入れるかで
豊かさを「感じられる」度合いが
変わってくるのだなぁと想います。

ただ、地球からより離れた視点をもつことはとても大事です。
もうひとつさらなる意識のひろがりを観じることができますし、
それだけでなく、
なんだか今いる地球が愛おしくなるということを
観じませんか?

* * *

各銀河、各星星
各細胞のハートに、
つらぬく時間のない
太陽に調律をあわせている。

問題は小さくなり、
小さきことは愛おしくなっている。
問題が問題かととわれれば
問題でもなく愛おしいものの
摩擦にすぎない。

私たちをつらぬく
ハートを芯にして
螺旋への上昇は
大いなる循環

地球の美しさは
混じり合う
環のただなかにあり
みんなひとつであることから
眠りについて
ひとつであることに
目覚めている
実りそのものである



* * *

日曜日に杉山開智さんの地球暦
ワークショップにいってきました。
とても素晴らしいお話を聞くことが出来ました。
(後日、まとめて書けるかな。)

最近、みんなみんなわすれていることを
想いだす作業をしているんだと想います。
「説得」と「納得」を繰り替えしている星は
地球ぐらいしかないという言葉がまさにそうだなと観じました。
この星の美しさをまるのみしてもっと味わうことこそ
まさに今ぼくらがしていることなんですよね。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-21 07:47 | | Comments(0)

全体意識の顕在化

太陽活動がふたたび活発になりそうです。
ハートのあたりが共振しています。
サイクルがあるのかわからないですが、
結構、楽しいですね〜。

今日は早朝から、たまった洗濯物をしました!
予報では雨でしたが、しっかり15時まで晴れれてくださりました。
ただし、出かける際、雨が降るという想いがあったので
布団や洗濯物をとりこみました。
これは直感ですが、
全体的な意識へのアクセスに近い感じですね。
あるいは想いによる創造です。
ある視点からすると「あるものから選択」と言えますし、
また別な視点からすると「創造」と言えます。
これは同義のような感じです。
多次元で幾重もの幾何学模様を描きながら
花を咲かせている愛があります。
そして、恵みの雨には降って頂きました(笑)

* * *

原発の問題も政治と集合意識とのギャップが
ますますひらいていきますが、
ここいらで、全体意識の顕在化が
どんどん始まってくると想います。
政治サイド変化が見え始めるのはもう少し先かな?
いや、もう始まっていると想います。
痺れた脚で走れないのと似ていて
ハートは充分でも動くのに時間がかかることもあります。
でもすべてはup to us!

まず、手放すという作業、
その後の処理にも向き合って、
このことがあったから
新しい智慧を授かっている
今がすでにあります。

* * *

個でありながら全体の意識が常にある状態というのが
しばらくこれからの在り方になっています。
ひとつであるという自然です。
特別な個があるわけでなく
個はもともと特別ですばらしいものです。
ただ、個は自由に創造すれどもひとつです。

長い間、正座してしびれてしまった脚が
どうにもならずに動けないように、全体として
目覚めていない部分に
焦燥感を感じなくてもいいのです。
全体としてすでに目覚めているのだから。

ただし、仕方なく「想う」ことや
「違い」に素通りする必要はありません。

今までの頭で考える仕方で
「あきらめて」しまったり、
「ポジ・ネガ」を判断しないというだけです。
「我がまま」と「あるがまま」を一緒にすることではありません。

これから、
「一見、ネガティヴにみえること」もどんどん消えてゆき
はじめからなかったことにも気づきます。

すでに新しい地球はここにあります。



* * *

お世話になっている自然食のお店に行ったら
お店の方も想うことが一緒で
あまり話さなくても共有していることが
最近、多くなっています。
「もう、最近、なんか、いいよね」って言うだけで
ざっとわかってしまう(笑)

ぼく自身の仕事に関しても
過去のやり方、考え方を手放す時が来て
手放してしまいました。
今、前の考えからすると、
「なにもしていない」状態です。
ただ、すべては愛に基づいて
常に動いております。

* * *

わたしはいま
すべてのひと、すべてのものが
しあわせであると
呼吸しています。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-10 18:37 | | Comments(0)

共振している魂

ヴィーナストランジットを過ぎて
よりクリアーな空気が立ち込めている感じです。

ここのところ、匂いに敏感だという事を以前書きましたが、
匂いだけでなく、花の色も鮮やかですね。
今まであまり気づかなかったのですが、
今年は群生している花ばながとても
鮮やかな色で語りかけてきます。
「こちらだよ」と言われているみたい。
何が「こちら」なのか?(笑)
この「群生」しているというのが
共振現象のようにも感じます。
ほんと圧倒的に雄弁なんです。
集合化された「ある意識」です。

それでもって、6月の空気とは思えない気候。
陽のさしていない時間のひんやりとして
さわやかな空気。
陽が射すと汗がにじむほどの暖かさ。
心地よいです。

昨晩は
いつも来て下さる青やゴールドの小さな光が
はずんだように現れました。



* * *

個というのは
個で生きている限り発振する存在として
素晴らしいものです。
が、以前よく問いかけていた
「個として自分が何であるか」ということが
あまり興味がなくなりました。
ないわけではないですが、
それを「知った」ところで、
あり方はあまり変わらないし、
することはひとつだから。

自分の存在意義というのを
どこかしらで確認しても、
それはそれというか、
それと比べ物にならないぐらいの
尊厳のある存在の美しさが
ぼくらにはみんなあるような気がします。

今まで、花が美しいと想ったとしても
それが自分の美しさと分離しているようなもんでしたが、
花が美しいとう想いは切り離すことができない
自らの美しさがこぼれだしているわけです。

あらゆる関わりは
単に個人の学びというよりは
全体の学び、
というより
全体が奏でる美しさのあらわれなんだと
最近想います。

響きあい、お互いの存在の感謝(神謝という方もいます)で
構成されている地球が
すでにあり、顕在化しています。

この響きあいは共振している魂とも
言えるかもしれません。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-07 17:52 | モノローグ | Comments(0)

意志を織り込む

すべてのいきとしいけるもの
ありてあるものたちの
息遣いは祈りになっている

祈りとは乞うものではない
祈りとは慈しむものだ

これは
愛を織り込みつづけること
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by sanshiro-1973 | 2012-06-06 09:39 | | Comments(0)

自分も自然のエネルギーとして流れている

昨日は自分の近況を少しだけ書こうかなって思ったら
二回とも全然違うことかいてしまいました(笑)
書くときに、衝動というか、瞬発力しかなく
ある程度空っぽだと、いろいろ気づきを頂ける。

さて、今日はコーヒーブレイクです(笑)
この数週間でぼくのからだの反応は
色々ありましたが、
そのうち、アレルギーがでいます。
そして、痰ですね。

アレルギーや痰はやはり小さいころから蓄積してきたものが
エネルギーの突き上げで
出ているような感じです。
今日あたりは緩和してきている感じです。
この反応も終わっていますから、
抜けきった時はかなりライトなひとを表現できてしまうでしょうね。

あとは、耳鳴り。この耳鳴りは意外に心地よいんですよね。
額と喉のチューニングのようで。

そして、ハートは暖かいものを
おひさまのように放出しています。

こんな反応を通しておもったのが
「素晴らしいものだけ」を認めるというのは
少し変で、
「全て素晴らしいもの」として
受け取っているということが大事だなと。

頭で「こりゃたいへんだ!!」と思うことも、
ハートがしっかり受け止めていたら
「こらやたいへんだ!!」が違う意味に変わるんだなって。
無理に「こりゃたいへん」を見ないで置くことは
大きな気づきをせずに、
問題先送りにすることになりかねない。
問題というより、実りを先送りという感じですね。
「こりゃたいへん!!」というのは古い見方、
古い意識とワンセットだからね。

たとえば、環境の変化というのは
あきらかに人のエゴでもたらされたのですが、
そこを通って、本当に大事なものがすべて
ひとつにつながっていることを体感し、
敏感になるのだから、あらゆるものたちに
感謝をこだまさせることができますよね。


* * *


ところで、
最近、思うのが、
また頑張るために「癒されている」方
結構いるように思えます。
それはそれでo.kです。

ただ、常に癒されていることを忘れているような気もします。
自分で思いこんでいる仕組みの循環で
余計な「りきみ」、エネルギーを使い込んでいる感じです。

自分の内と外にとうとうと流れる
自然のエナジーをどれだけ
気づけるかで、
すでに癒されてつづけていることを
体感できるかもしれません。
自分がエネルギーとも言えますよね。

そんでもって、時に、訳もなく感謝しちゃうことありません?

この自然の流れは「癒える」というレヴェルではなく
常に与えられているということに他ならないのですが!
ある見方からすると「ゆるされている」ということで、
さらに全体的に受け入れると、
愛されていることなんです。
もちろん、この動詞の主語は能動的に
ぼくら自身でもあるんです。

ほんとうに、いい感じです!



* * *

さて、今日は昨日よりもさらに穏やかです。
エネルギーが喉を通って頭に抜ける割合が
増している感じです。
ちょろちょろがしゃーという感じです(笑)
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by sanshiro-1973 | 2012-06-05 16:18 | モノローグ | Comments(0)

フルムーンダイアローグ

花は咲きつづけ、実は実りつづけている

金環日食前から前兆はあったのだけど、
無数のエネルギーがここずーっと降り注いでいるせいか
色んなかたちで喜怒哀楽をあじわっていると想います。
私はずっと耳鳴りです(笑) 
個人的なのか全体的なのか、
大きな転換の終わりが6月6日あたりで起きることになっているようです。
それは終わりでもあるし始まりでもあります。
今はとても穏やかです。が、
数日前は信じられぐらいひさしぶりにヒステリックになりました(笑)
身体のとおるエネルギーが古いものを代謝してくれたかのごとく!

さて、吹き出した思い、
それは本望というよりも、それはエネルギーが貫くにあたって
生まれてくる現象というべきものなのだと観じます。

なので、ひとそれぞれ、
今まで我慢していたことから解放されたり
今まで隠して来たことが
明るみになったりしている方も多いと想います。
それは喜びでしたか?
怒りでしたか?
哀しみでしたか?
楽しみでしたか?
いずれの意味をこの湧き出て来た現象に与えたとしても、
全体として、それは喜びを超えた喜び、
感謝にいたる循環のエネルギーのようでした。

* * *

今日は風呂の中でふと思い浮かびました。
例えば、金融はいまあるシステムはごっそり変化します。
世界共通通貨のようなものになったりしますが、
(それは通貨とよべるかは置いておいて)
高いものから低いものに流れて潤い
波のようになるシステムです。
この世界には戦争は起きません。
戦争はそれぞれの自分にとって
とても馬鹿げていることが本質でしっかりわかっているから。
地球で、仮にそんな争いがおこるとすると、その波動で
身体で痛みを覚えます。その当時者はそうした思いを持った時から
辛くなるような波動です。だから、
もう創造にいたらない不調和な争いはできないんです。
ひとは穏やかで、
お互い穏やかでいるのがより穏やかさを育みます。
こちらが自然なのでこちらを選択しているとのことです。

また、より自然を理解することになっています。
石や土、微生物、植物、動物、創られたものたちに
感謝するでしょう。つながっている同胞として、
ずーっとつながっているひとつとして。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-04 21:48 | ダイアローグ | Comments(0)

こころひとつ

月が満ちかけて
めぐってまわってくる新月が
面と向かい合うチャンスだとして
満月はものごとがはっきり見えるチャンスである、
が、それは分かれた一部の意識が見た
完全な側面に過ぎない。
より全体的な意識であるわたしたちが
相互的にこの完全な側面を編み込み
宇宙にあらたな意味を与えている、
が、それ自体はニュートラルである。

相互的な編み込みがひとつにとけいることは
はじめからひとつであることから分けられていることを
認識する旅だが、
離合集散の鼓動をならしている螺旋の動きである。
この地球の同胞は
離れて出逢うときもつねにひとつであるという
意識を忘れて、あるいは、想いだしたりもして、
ひとつであることを完全な
側面(次元)でみることをやめることがない。
そして、常々、ひとつである。

こころはひとつ。
ひとつの陽をあびるものたちは
ハートからひとつである光をだし
お互いを照らしあっているのだ。
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by sanshiro-1973 | 2012-06-04 19:31 | | Comments(0)