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humming planet

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太陽と月と地球とわたしと、ともに振るえている

今日はさきほど新月を迎えましたね。
こころ、身体、たましいが
さらに楽になっている方多いと思います。

今、ぼくもとてもおだやかでいます。

この1ヵ月、心肺機能の不調、
背中、のど、首の痛みを抱え
「???」だったかた、
けっこういたと思います。
僕の周りでも、多いいんですよね。
かくいう、ぼくも。
(特にまじめといわれている方は!(笑))
今日は、職場に、おなじような症状のお客様が来ました。
病院に行っても、至って健康らしいのです。
アレルギーでもないみたい。

だけど、大丈夫。
こころの声がハートをノックしている証ですから、
堪えず、自然にハートからあふれてくるものを
ときはなちましょうね。
前にも書きましたが、今、
地球には様々なエネルギーが降り注いでいます。
太陽活動もご存知の通り、活発ですよね。
もちろん、ぼくらも受け身でなくて
同じように共振しているんです。
より一層輝きを増しているんです。

ぼくらは過去に思っていた自分とは
全然違うものにすでになっています。
「自分」というものが卵の殻のようで
ピキピキと壊れはじめてきている気がします。
壊れても
実に懐かしく実に新しい宇宙が今、
すでにあるだけ。
こちらのほうがナチュラルです。
ぼくらが戻ろうとする「自然」と分離して呼んでいたものが
これで、、実は離れることはなく
常にぼくらはこれだったってことです。
ぼくらはとても自然な存在です。

今日ぐらいからさらに楽になってくる気がします。
台風もすぎるころは
さらにクリアーになるのではないかな。

エネルギーの質がかなり変わってきました。
さらに喜びが自ら満ちあふれてきます!
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by sanshiro-1973 | 2011-08-29 12:51 | | Comments(0)

今は同時期に解体と創造の螺線の進化を遂げている

この今にため込んできた
過去がマグマのように噴出してきています(笑)
まさにreview。
自分を翻弄するかと思いきや、
走馬灯をみるようで、逆に懐かしい。
ただ、ひとつ思うのは
古い意識の使い方をやめるために
輝ける日常があったようにも思えます。

* * *

万物は流転するし、ひとも流転する。
そして、今は常に進化している。

過去のやり方が通用しない時
そのひとのある意識部位は過去という棒に捕まって
流れていなかったことになる。
過去に自らを捕らわれの身にをしていたんだね。

たとえばあなたが
ある人が嫌いだったとすると、
今、「あなた」も「嫌いな人」もすでに進化していて
実際、すでに嫌いな人ではないはずなんだけど、
嫌いという檻に入っていれば
自らの宇宙に負荷をかける。
負荷をかけることで何を知ろうとしたか?
おそらくさまざまなことを学んだはずだ。
もうそこにとどまって
被害者意識の同じ渦を巻く必要はない。

そうして気づいてしまえば、
元から「嫌いなもの」なんかなかったことに気づくのだ。
判断はすべて、自我によるフレーム。
同じフレームをつけるなら
みんなが喜べるフレームをつけよう。

喜びは自然の流れ、
その喜びのフレームはいずれ
自然に同化する。


* * *

今は一瞬一瞬というよりも
今は同時期に
解体と創造の螺線の進化を遂げて
一新一新している。

ぼくたちの細胞もしかり。

この世界も
古いフォーカスを手放すと、
「エナジーの流れ」=「今」と一体である
存在であることがわかる。

今、その時期、常に、この時。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-27 11:02 | | Comments(0)

石でさえ、待ち望んでいない。手に余ることはないよ、ぼくらは無限大に生きている。

熱を出してからすっきりするかと思いきや、
熱が冷めてからがreviewのような感じです!
毎日、変な夢ばかりを見ます。
夢の中の自分も変化しています。

昨晩は、夢の中で忘れかけていた詩人の名前を
フルネームで思い出しました。
その名はオシップ・マンデリシュターム。
なんの意味があるんだろうか?
まあ、いずれわかるかな(笑)

* * *

この世界を創っているのは
ほんとそれぞれの私だなと感じています。
そして美しい宇宙を創造しているのも
3次元的には
背後にあるように感じるかもしれない
大いなる存在、大いなる私。
むしろこれがぼくらそのものなんだけど。

この存在を「無」といったりするひとがいるかもしれない、
無って3次元的感覚に潜むシャッターみたいで
自我では「無」いの無なのような感じなんだよね。
(何言っているわからいね、笑)

それぞれの世界観を超えてね
ひとりひとりがこの大いなる存在を豊かにしているんです。
離れないでね。附随してね。

自我が考えることはいくらだってあきらめていい。けど、
ハートから自発的響いていくる美しい旋律は
すでにあきらめた状態でやってきて、きらめいているから
忘れることができない。
これはぼくら自身なんだ。

この美しい旋律そのものになって
いくらだって、ぼくらは世界を変えてしまう。


* * *

気がつかないでいたことも、
気が付いていてみると、
気がつかなかったふりをしているように思えます(笑)

散々、生かされ生きているのに
被害者意識がどこかしらに残っていることも
気が付いていながら見ないふりをしていることもある。
これは常にぼくら自身のこと。

なぜ向き合わないでいたかって?

知らず知らずのうちに大事にしていたんです。
なにを?「自我」です!
それが「本当の自分」だなんて思ったりして。


自我と向き合うと、
ほんとはありもしない特別意識や、執着を
自然と、手放してしまうんですもの。
この特別意識があたかも自分というものを存在させ
絶対だと思わせているんだなぁ。と。


* * *


もし、ぼくらのエナジーが宇宙のマスター級でも
待ち望んでいてはゴミ同然。
(大量のエナジーをとどめておくのは不可能なんだ!)

このいいかたすごいシビヤかもしれないけど、

このゴミはリサイクルされて新しいエナジーにかえるしかない!

宇宙には人が思うゴミはなく、無駄がないから

と想う、今日この頃。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-26 12:03 | 天使 | Comments(0)

火と水の身体って感じ

ほとんど風邪をひかない私ですが、
年に一回ぐらい、どでかい熱を出します。
この数週間、呼吸が下半身までいきわたらない感じで、
それがピークになったのが昨日。
全身が筋肉痛で、39度近い熱を久々にだしました。
何度もこの経験しているので、こうなったら
お祭り騒ぎ(笑) 眠れないことを覚悟して、
この状態を味わいます。
1日〜2日汗もでない熱が続き、
汗が出ると生まれ変わったようにすっきりするんです。
ただ、唯一、楽に過ごせるのが水の中。
入浴をしている最中がベストな居場所なのです(笑)
昨日から計5回入浴。
今回は風邪薬の力も借りて眠る事ができました!
薬を飲んでも痛みは緩和されないんですが、
眠れるんですね。
とにかく、水のなかにいると落ち着きます。
今回は1日でこの痛みも終了です。
今ではかさぶたがとれたときのようにすっきりしています。

それにしても昨日は、
町中ですれ違うひとが神々しくて
仏さまのようで
命の美しさをあらためて感じました。

これで、数週間続いた
首から背中にかけての違和感が
とれて生まれ変わると思います。
イエイ!
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by sanshiro-1973 | 2011-08-21 14:10 | モノローグ | Comments(0)

今、ぼくらは光の喝采、ひとつであることを喜んでいる 2

起きていることに関して
それはすべてぼくのことだと
最近感じています。
悲しみや怒りとは同化はしないんですが、
すべてぼくのことだと。感情移入とかそんな感じじゃなくてね。
人によっては結構、当たり前のことかもしれないですね。

先日のブログでも書いたように
周りで御自身を過小評価している人が多い気がします。
条件をつけて、できるできないで論じている感じで、
もうすでに「ある」環境にいるにもかかわらず、
それを否定しているムードが漂っています。

こう思った時、
それはすべてぼくのことのように思えたんですね。
ただし、すでに、
これはより明確なヴィジオンを見るための、
より素晴らしいものを創造するための
建設的なすり合わせのように感じます。
水が「水に濡れる」という瞬間ぐらいの
柔らかい「擦り」合わせなんですが。

いつだって個の発振はとても大事です。
個であることに固執することはありませんが
一体につながっている個をより意識するといいかもしれませんね。

多くの天使がかたずをのんで
ぼくらの行動を見守っています。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-19 16:31 | ダイアローグ | Comments(0)

今、ぼくらは光の喝采、ひとつであることを喜んでいる

ひとつである意識というのは
「自分」にしがみついていることではない。
もし「自分」というものにしがみつくのなら
水の上にできた瞬時の波がしらに抱きついているにすぎない。
抱きついた波頭を探そうと思っても
みつからない。
そう、きみこそ私、
大いなる宇宙だ。

この身体、こころ、魂は実にひとつである。
愛、ひとつである、一体だ。

湖面に一斉に雨が打ちつけてできる
波頭のように
ぼくらはこの光の喝采、愛の喝采、
ひとつであることを喜んでいる


* * *

思考、考えが自分自身だと思い込んでいたことが
最近よくわかってきた。

「ひとつである」ということは
この思考の雑音で忘れ去られてしまうことがほとんど。

あるものを求めて手に入れたとしても
満ち足りることはなく、
また何かを求めてしまう。
これはループする欲望。
と聞いて、これを断ち切ろうとすることも
欲望(笑)
ほんとうに笑うしかない。
笑っているうちにループから抜けてしまうだろう。

ただ、この「求める作業」というのは
常に、大いなる存在、宇宙が進化しているからこそ
起こるズレなんだと思う。

大いなる存在でない自分を
みとめて他に自分をつくっているからこそ
起きるズレなんだ。


一体であることを忘れ、
思考で他に自分をこしらえるということは
want、分離をつくりだす。
けれどもどこまでいってもひとつ、一体なんだ。
だからすごいブレーキをかけながら
この分離の状態は
空回りのループをする。


* * *

だからこそ大いなる子
だからこそ大いなる個
きみとぼくはとても大切。

他者に干渉することは
自由意志に干渉するという人がいるが
そんなにヤワな個でないと思うのだ。
この「軟な」個を設定している以上
逃げることのできない大いなる宇宙から
逃走していることにすぎない。

だからこそきみの想いが
大事になっている。
だからきみの想いは
大切だ。


* * *

雨の音を聴く私のぴたりとくっついた唇、
となりで昼寝をしている子供の鼻に吸い込まれる空気、
遠くで歌う鳥の声、
風で揺れる木々のざわめきまで
今、ひとつである意識、ひとつである宇宙から
シンクロして奏でられている
うたなんだ。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-19 14:15 | 天使 | Comments(0)

完全にあるということは、すべての現象が味方であると想うのです。

ジョン・レノンのイマジンは
ジョンが本当に「ある世界」をすでに創っていたから
逆算して、みんなに伝えたんだと想う。
声を張りあげなくとも
愛で満ちあふれた世界があるのを知っていたから
歌えたんだと想う。

完全に「ある」という事は、すべての現象が味方であると想うのです。
時間でさえも、いかなる枠でさえも、いかなる条件でさえも、
より発展的な進化を遂げる反復に見える反省でいて
それは螺旋に創造されているんです。

* * *

「なりたい」自分を明確に想像できたら
すでに「なりたい」状態ではない。
すでに動き出してしまっているものがある。
「なっている」自分から逆算して
実にしていく過程が楽しめるのだ。

* * *
「不安」はなんであるのかを向き合ったところ
より「明確な創造」を構築する上での
裏付けのように想えて来た。
より素晴らしい実をつけるための
スパイス。
そう想えた時、「不安」は不安でなくなり
「不安」に一度も支配されていなかった事に
気付くのだ。

より「ある」ということに気付くために
ひとは省みるのだ。
「できる」とか「できない」の可能性でなく。

省みると
一見、後退したように見えて
螺旋に進んでいる。
より「明確さ」を創造するための
「進化」をともなうエネルギーの動きだ。

 * * *

大好きな先輩、
大工のイチローさんと話していて
今日はとても学ぶ事があった。

イチローさんは最近、周囲に「不安菌」が流行中だという(笑)
イチローさんにはクライアントが住む家が既に
頭の中に完成していて、「ある」のに、
クライアントが石橋を叩いて、あまりにも叩いて
石橋さえ破壊してしまうのだという(笑)
そして、突然のキャンセル。
すでに、「ある」ものをキャンセルしているように思えるのだそう。
だけど、決定するのはクライアントだからね。

より素晴らしい創造のためのキャンセル、
であってほしい、
いや、そうなるようになっているんだね。

ちなみに、イチローさんは
「本当は(想像から創造にいたるまでの)時間なんかないような気がするんだよね」と
つぶやいていた。
凄すぎるな〜。

* * *

より明確に「ある」を想い、
「ある」を実感し
そこに一体になれた時、
そして元から
一体であると気付いた時
だれもが悟っていたことに
気付くのかもしれない。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-15 20:28 | | Comments(0)

命は常に智慧そのものです

宇宙から情報としての光、
智慧としての光が常に降り注いでいます。

ぼくら人も智慧の塊といえる光です。
まさに高次のエネルギー体で、
そして、はなれることのできない一体の意識体です。

常に、今、
一瞬一瞬
一新一新
しています。

* * *


おととい、眠れなくなり、ぼっとしていると
オルゴンという言葉が降りてきました。
もしかと思い検索してみると
性エネルギーとか、生命エネルギーのたぐいを
ライヒさんという学者がそう名付けたといいます(笑)
(まあ、必ずしも、ライヒさんのいうオルゴンがふと思い浮かんだとは限りませんが)
このオルゴンの流れを遮断していたものを解除するぞというような
連絡みたいな感じでした(クンダリーニと関係があると思うのですが)。

たぶん、全てにおいて、
自分が作った「差」を取り去る作業を
全人類でしている最中なのかなとも思います。
取り去る作業はまさに、新しい光の創造。
サンボマスター的には「新しく光れ!」(笑)

ライヒさんは青い光をオルゴンと名付けたようなのですが、
その青い光は情報というか智慧なような気がします。
ぼくもよく青い光(それ以外の光も)をみるんですが、
宇宙の私、宇宙の友からの書き換え情報のような気もします。
宇宙といっても、距離もなく時間もないので
時空みたいな感じなのかなぁと思います。
時代や場所によってプラーナとか気とか呼び方が違えど
生命エネルギーは遍在しています。
別に特別なエネルギーでもなく、このエネルギーに今まで
多くの人がフォーカスしていなかっただけでね、
ここに生きているのに、これがわからないみたいな状態です。

ぼくらのもっている知識としての情報ではなく
まさに生命としての情報ですね。
情報というとしっくりこないかもしれんません。
情報という生命、ぼくら命そのものです。
青い光だけでなく様々な光、
光としてとらえられない光、
まだまだあると思うのです。
プラーナや気はその一部しか言い得ていないし、
あるいはその概要全体を言っている場合もあります。
それぞれ光(違う言い方ができるかもしれない)の役割が層になって
命を果たしている状態です。
ぼくらはプラーナを取り入れるというより
ぼくらも含め光の集合体であり、かつ
光が織混ざり合い
活かし活かされているような自立した状態があります。
まあ、この発言も、3次元サイドでの言葉ですが。
この生命エネルギーの遍在の当然があり、
ここに起立すると世界の見え方が変わる気がします。

3次元サイドな考え、思考、マインドはブレーキがかかっているんです。
言葉で表現する時も、意味内容、論旨よりも、
まず、ムード、
というか波動、あるいはすでに備わっている
智慧を起動させるだけでいい気がします。


* * *

投影された
映像を見るとき、どこかで
常に穏やかな安心感がありますよね。
映像にどっぷり入り込んでも
常にこの安心感があります。
安心感というか
穏やかな空があります。
ここに常にぼくらはいるんです。

ちょっとハードな夢を見ている人もいるかもしれないけど(笑)
チャンネルを変えるとその夢もコメディになりえる。
それを忘れてしまっていたんですね。

おとぎばなしのような話ですが、
そうおとぎばなしなのかもしれないです(笑)
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by sanshiro-1973 | 2011-08-13 11:49 | | Comments(0)

産道は幾重にもあり、光の道は無限

昨日、数ヶ月前の草野球で痛めた右肩が痛みつづけて
首や背中まで張ってきてしまったので、
妻にヒーリングをしていただいた。
セルフヒーリングをすると、一時的に痛みがなくなるのだが、
この際徹底的に、妻の力を借りようとしてもらうと
首が痛みもなく回るようになりましたよ。
びっくりというか、自然だね!

妻のヒーリングをひそかに期待していたのかもしれないね(笑)

ヒーリングは癒されることを目的に、
マイナス状態を維持しつづけると
依存になり、その依存がスパイラルになり
痛みをよんだりする。
意識では病院がなくならない理由と根源的につながっている気もする。

ヒーリングはヒーリングにより
自ら向き合うチャンスになればいいと思うのだ。
自らの負に向き合うのではなく、
自らの喜びや幸せに向き合うこと。

痛みは負に向き合い続けている無意識をお知らせしてくれている。
より調和に至る過程として、自然に呼びもどしているんだね。


さて、妻のヒーリングで感じたことは
男性性と女性性の統合。

女性が男性になることではなく
男性が女性になることでもない(笑)

ふたつの役割をゆるしあうような感じかな。


*  *  *


あと、最近、人は自らを過小評価なかで
才能を発揮し続けてきた気がするんです。
何かを待ったり、何か条件がないとできないと思ったり。
この世界は自ら創造しているというのに!
フォーカスしているところがすごいちっちゃかったことを
みとめて、みとめるだけでなく、それをゆるしました。

今、書きながら「依存」もゆるした(笑)

まあ、フォーカスを変えると
全部自分にふりかかる楽しい出来事。

自ら喜びになって
いきちゃいましょうね。


* * *

あと、今、
なんで草とか猫でなく
人として存在しているか

より穏やかにひとつとして生きるなら
草や石や猫として存在してもいいはず、
なんだけどね。

ひととして生きているにはそれなりの意志が
この存在にはたらいているんだよね。
この存在が映像のように幻影だとしても、
命が与え続ける命の循環には
意志がある。

今、ひととして存在しているには
この世界を内側でも外側でもいいから
こつこつたたいてワンダーな宇宙にいることを
からをやぶって孵化して
体現してみせているんだね。


ぼくは今まで待ち望んできた気がするんだよね。
でもね、最初からゴールにいるのに
何を待つっていうんだい(笑)

新しい光を放ち続けている
ぼくらは待つことをしらないはずなんだよね
ふふのふ
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by sanshiro-1973 | 2011-08-11 17:58 | モノローグ | Comments(0)

光の尾をひけ!

最近、ハートのチャクラ、しかも、背中が
エナジーの出し入れの弁のようになって
エネルギーフィールドが広がっているように感じる。
私から広がっているというより
はじめから広がり続ける宇宙と私が付随している感じだ。
それを羽根といったり、まさにエネルギーフィールドといったり
ひとによって違うんだけど、
自ら放出されるというよりは
やはりはじめからある無限の螺旋のエネルギー循環を
気付いただけ感じているだけに過ぎない気がする。
つまり、みなさんにも羽根のような、気付いただけで
エネルギーフィールドが付随している訳です。

喩えるなら、口の開いた膨らんだままの風船の内側が
現象世界で薄い膜が3次元帯というか、そんな感じです。
ほんとはで入り口は風船の口のように狭くなく、
膜も本質的にはないのだけど、
訳あってそんな世界になっている。

あるいは自分のハートには無限宇宙が広がっていて
背中の弁から尾を引くように外へと世界が創造されている感じ。
その外はハートの無限宇宙と
円錐の先をあわせたようにつながっているんです。

まあこんなイメージが1週間続いて
首から背中にはりを覚える訳です。
マイナス溜め込んだかなと思いもしたんですが
そんな感じでもない。

まあ、わくわくするような鼓動は
ひろがっています。
きっとみなさんのハートからも同じ鼓動が
共振してひろがっています。
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by sanshiro-1973 | 2011-08-06 13:39 | モノローグ | Comments(0)