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humming planet

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光そのものである私

地蔵的光

エゴをエゴだとおもっているうちは
エゴに力を与えているんだね。
結構、修行になってしまう。
修行はブレーキをかけながらの前進なんだよね。
共に喜ぶ行動にはならないんだね。

色々協力してもらえたよ。
あらゆること、あらゆるものは協力者なんだ。

愛の眼は全てを照らし
創造している。

頭で理解すると、
もうこころで手放すのは大きな違いがあるな。
ぼくの課題としてあった
2月のテーマ「エゴ」月間は終了です(笑)

お地蔵さんの役割も解放です!
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by sanshiro-1973 | 2011-02-27 19:35 | モノローグ | Comments(2)

re-lux、輝いているぼくら

鳴り止まぬもののをつくりだしたのは?

喜怒哀楽は幻影。
幻影を判断するな。
楽しめばいい。

描いたのは?

閾はないことをしる
曼荼羅を切り裂いて
なにもなし、
光はもとめると
もとめる足なみとともに逃げてゆく

外に求めない
内に求めない

なぜ?

あるということに
喜ぶあるがままの私、


この喜んでいる存在に気付いている。

私を迎え入れている(笑)!!

すでにうけいれられているこころひとつ

ともに輝いてしまう!

輝きあい
響きあい


リラ〜ックす(笑)

re-lux!



曼荼羅 後、
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by sanshiro-1973 | 2011-02-27 16:11 | うた | Comments(0)

rejoice

おとといと昨日と、
とても身体に疲労感が残った。
これはとても久々な感覚だ。

たぶん、この疲労感は、
ネガティヴなエネルギーとここ数日、
チャンと向き合って
気づきがあって手放せたからだと想う。
今まではより素晴らしいところを認めて
光の私、透明な私を感じていることを習慣にしていて、
エゴと向き合うという作業はさほどしていなかった。

だから、この数日は
水をさらに入れるために
水を飲みほし
コップを空にした感じだ。
普段、気に留めなかった
四六時中やまないエゴと
向き合いそれを前進させる気づきに変えようとした。
きっかけは夢。
夢が荒んでいるのは、
ぼくに敢えてエゴが、
その世界を見せているような気がしたから。
ぼくは荒んだ世界に導かれ導くために
生まれてきたんじゃないと、ふと想いました。
その夢の世界をぼくはぼーとと眺めている。
なぜ、ぼーっと眺めているのだろう。
この夢から覚めた世界でも、ぼーっと
鳴りやまない警笛を聞いているのではないかなと
ふと感じた。

自分が、
幸せであると感じていればいいと
いうわけでもない。
やっぱり。
意識のあげさげも、自分だけあがったって
そんなに変わらない。
同じひとつの意識体として
ナチュラルな喜びが目覚めていないと
自己満足だね。

常に輝きあう私は魂
常に輝きあう私は身体
常に輝きあう私はこころ
常に輝きあう愛は私

幸せや不幸はほんと、自分が勝手に思い込んでいるだけで、
ニュートラルに幸せである状態というのは
誰にとってもすでに幸せである状態。
愛のみが素直に働いている状態なんだ。
ぼくはそうなっていることを
ある瞬間感じた。
それは地球だったのか?

宇宙でのある時空ではむしろそれがスタンダード。
すごくかるく、すごく穏やかで
生み出されるものはすべてに祝福され
すべてに喜ばれれている。
そして、生まれでる命は常に喜びの珠となってはずんでいる。
この地球もすでにはじめからゆるされている。
ぼくらは気づきはじめているんだ。

私という生命がこころからだ魂をして、充実しているために
今、地球にいる。
実をさらに結んで
ここに今いる。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-24 17:32 | | Comments(0)

曼荼羅 

気を遣うって、本来の意味とずれが生じているかもしれないね。
気を遣うって無駄に遣うことはないはずなんだ(笑)
遣っている当人の意志がしっかりしていればね。
こころからしてしまうんだったら。
ただ、
不自然にながれをつくることが、
敢えていうなら無駄に遣っているのかもしれない。

自分の心に従わず、
無理に人に合わせたりすると
気を遣っていないんだね、逆に。

なにに?

真我に。
真我にということは
あらゆることに
あらゆるものに。

* * *

昨日、(夢の中で)
仕事のスタッフがあまりにも足並みをそろえてくれないので
PCを蹴りだす夢を見た(笑)
あくまでも夢だよ!!
ぼくにもこんな激しい暴力的な部分が残っているんだと、
目覚めて少し考えて、笑ってしまった。
あらためて、閉じている部分と逆に
そこの開きかたを見つけた!!
夢だけどスタッフに感謝です(笑)

ぼくらは自らのこころに立ち返らないことがない。

いくらみないでいても、
暴力や、不自然な行為は
無意識に罪悪感を肥大させる。
罪悪感は進化にブレーキを踏む。
罪悪感をつくる隙があるなら
一歩を踏み出す力はしっかり全方向にひろがっている。

もともと調和に至るようになっている
ぼくらの行動の一つ一つは無駄がない。
気づきや自らの光を受け入れいるチャンスだ。
ただ、それを受けいれなければ、
莫大なエネルギーが必要となる。

こころは常に宇宙と一つになっている。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-21 20:30 | モノローグ | Comments(0)

永遠の春

一瞬、一瞬
今を素晴らしく創造している。

あなたの想いもそう。
私の想いもそう。

客観的に教えてくれた
幻影からは
より素晴らしい創造のヒントが頂ける。
それはほんとぼくらにゆだねられている。

冬にいて冬の寒さにフォーカスしては
ヒントはみえない。
冬にいて、春があるとフォーカスして
喜んで行動するか。
春にフォーカスする人には
常に春がある。

私はあると、喜んで振動して
今、ここにいる。
そこを当然のごとく
より素晴らしい行動を
ぼくらはするようになっているんだね。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-19 17:04 | 天使 | Comments(0)

地蔵的光

今日はもしかすると
特定の人たちに関する
おたよりかもしれません。

ぼくは夢の中で
この1年、ダイナミックに荒んだ地球のヴィジオンをみることがあります。
ぼくはそこにいて意外と楽観的なんですが
このヴィジオンが昨晩も。
僕が楽観的でいられるのはそれが「変化」の兆候だとかんじているから。
なぜか、ワクワクしている。
このことに関してぼくは自分に疑問を持っていました。

ただ昨日は、
この状況を変化させる力が
個人に委ねられていることに
夢の中で気付きました。
自分が変っているというのは当然なんですが
つながっているみんなの無意識も
喜んで変わって頂いてしまおう
と発振受振いたしました。

無意識のエゴが
不安や恐怖でつくりだした幻影は
フォーカスを変えるだけで夢の中でさえ消えてしまうんだと。
そこに同調するとその幻影に入り込んでしまいます。
ただ、この世界に同調はもともとすることはないのです。
自ら同調していることに気づいていないので
そこに気づく必要があるのです。
夢で客観的に見えているわけだから
かなりラッキーだと思います(笑)
だから
自らの状況把握を
ニュートラルにする必要があります。


「悪夢」を見られている方がいらしたらそれは幻影。
むしろ、眼に見えて、
「思い込みがブレーキ」になっているサインです。
まず「悪夢」という思いこみを変えてみてはいかがでしょうか。
ニュートラルになることがとても大事な気がします。
また、美しいと想うこと、素晴らしいという事に
日常、フォーカスし続けること。
おすすめします。

はじめから
すでにゆるされているし
すくわれている。

昨晩うけとったのキーワードは
「清潔にする」(笑)
具体的にお風呂に入って身体を洗い清めたり、
こころや、周辺のお掃除。
こんなところから始めてはいかがでしょうか?
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by sanshiro-1973 | 2011-02-19 14:15 | | Comments(0)

いのちのちから

あらゆる植物や私たちは天体の動きに
影響をうけ成長している。

あらゆる星ぼしは植物や私たちの影響を受けているか?

一見そうは思わないだろうね。理屈的にもね。

ただ、
そうだと仮定してみる。
そう思う事はあらゆるすべてを尊いものであると
わかりあえるはじまり。

あらゆるものに宿るエネルギーの渦が
融合しあうことを
喜びをもって
実際、ぼくらは生きている。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-18 16:46 | | Comments(0)

アート

「同じ動作」の反復は
一度として同じ行動にはならない。
毎回違った光を放っているのだ。

* * *

完全なる光であると
発振受振していると
つづけること。

* * *

エゴを活かすこと。
活かせば手放せる。
つまり、
活かせるようになっている。
活かせるようにしているわけです。

* * *

ブロックを外すことは
なるようになる「私」になっている道です。

そこをして戻ってゆく
楽しくなってしまう道です。


* * *


充実した行動そのものと
一体になっている。





友達のお話で気付いたこと
輪ゴムの分析学
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by sanshiro-1973 | 2011-02-17 15:38 | | Comments(0)

常に手放していることに気づいていくこと

明日の18時ぐらいが満月ですかね。

昨日から、PCの無線ラン状況だったり
家の電話だったり、こどもの玩具だったり
狂いだしておかしい
リセットしたり、電池をとったり(笑)

満月とは関係ないとおもうけど、

手放す準備ができているか?
というお知らせとぼくは受け取った。

「ある時点」に身を置いていることからすると
手放すということは
なにか新しいこと
新しい道(方法)を受け入れるという事なんだけど、
何を手放のすか?

 

* * *

ぼくらは自我で自分をコントロールできているとおもっているけど、
実は、自我は、学びたい一心に、振り回したり
一見無駄な動きをしているだけのように思える。

逆に、自我を一気に手放すということは
この「学び」を終えるということになるし、
プログラムした嬉しい学びも、悲しい学びも、
終えることになるんではないかと思う。
(ある時点からして、)
そのあとには、嬉しいも悲しもない2元的な学びはおわり、
ただ愛のみの存在であることに気づき、
愛を照らし続けてしまうんだな。
というか、
すでに、そうあることを実にしているんだね。
そこから、さらに充実しつづけている。
こうなると「個」というのが
氷から水へ、水から気体になっていくように
なる。(なんかわけわからなっているかな?)

このことは、
2元的な学びが終わった状態からすると
これはとても抵抗感がなく、
抵抗感という意味がわからない状態、
つまり限りなく本質な状態であるというわけだ。

だから、こうしてみんな、徐々に手放して、
真我であることに気づいていゆくことには
自らが望んだとおりの結果になっているということなんだね。


* * *

今、
「悟っている」ということは
特別なことでないと言いきれる。
そして、「悟る」という学びは実際
それぞれの「私」が現在していることのように感じる。
「悟る」とは感じてはいないかもしれないけど。

この今の時点で、悟りを
「特別だと思えない、あたりまえ」のことだと
想っているなら、もう手放していることに気づいちゃうんだね。

もし「悟り」という言葉がしっくりこなかったら
「完全なる調和」「完全なる充実」「完全な自然」とでも
しつくりくる波長を感じてみてください。

きっと、おかしい表現かもしれないけど
ぼくらの命は「悟っていながら」「悟る」ということを
まさに体験しているのかもしれないね。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-17 12:26 | モノローグ | Comments(0)

咲いている花は常に

花は常に咲いている。

花は咲くことを想い描かない。

咲いている完全の中にいる。
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by sanshiro-1973 | 2011-02-16 19:53 | | Comments(0)