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humming planet

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かたむすびほどける

これから
隠しているものが
あきらかになっしまうことが
多くなるような気がします。

すべてをさらけ出して生きる方が
とても楽であるし、
抵抗なく調和にいたるように思える。

もともと隠す必要がなかったことに
みんな気づいていくのだとおもう。

そんな気がする。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-30 18:01 | | Comments(0)

ひかりそのもの

最近、さまざまな光のメッセージを与えられている事に気づいた。
つまりぼくらにも地球のロゴスでは説明できない
智慧でみたされているということ。
ぼくらも光であること。

ぼくらは、ことばや、0と1の連立、
あらゆる媒体のかたちで
理解する事を日常としていきたんだけど、
それよりも情報の多い
幾何学のような波や、光
光を超えた光が
僕らのもとにあらかじめ与えられている。
つまり、それぞれの個性をはなつ
ひかりそのものである。

ぼくらは地球的なロゴスにとらわれているために
それを解釈、理解しようとするが、
「これ」を「説明」することはなかなかできない。
「これ」はすでに「表現されている」ものだから。
「これ」を言葉で説明しても、
「これ」の波動ではないような感じ。
悟りを説明しても悟りの波動ではないのと同じ。

以前にも書いたのだが、
機械の取り説を読んで理解するのと
機械を実際使って見る時に感じる違いのようなものだ。

* * *

光を受け入れてはなす
いのちのたまは
生きているだけで
「これ」をあらわしている。

ぼくら光の意味付けは事後報告だ。
ぼくらは光に素晴らしい意味をあたえて
あらたに光をつくりだすいのち。

それが日常の光そのもであるぼくらの息吹。

わすれちゃいないかい?
ぼくらがひかりであることを

あらゆる智慧がすでに目覚めいているんです
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by sanshiro-1973 | 2010-11-29 20:48 | | Comments(0)

地に生きて、智は生きる

こどもが水疱瘡とさよならをして
ひさしぶりに
外へ散歩に。

こどもを見ていると
「なにかに抗う」ということがなく純粋にいきているのがわかる。
現象におびえる事もない。
「なにもしらない」からというのとは圧倒的に違う、
むしろ、すべての智慧が生きている感じ。
完全な安らかな心を表現しているだけなんだなと感じる。

ぼくらがことばを発し
ぼくらが行動するとき
起点は
完全に安らかな自らのこころだろうか?

魂からするとあらゆる行動は
のぞんでした自発的な行動で、
すべては調和にいたるようになっている。

地にステップを踏んでいる
からだははずんでいる

わたしは
からだ、こころ、たましいと一体になり
調和になってしまう
道にいる。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-28 13:40 | | Comments(0)

レゾナンス

ひとひとりの意識がより素晴らしくかわると
全体が変わる

いつもここらはじまっている。

だから、ひとがひとをかえることはできない。
変わるのは自分自身。

常に私自身がすばらしく変わっている。
あなたという仕切りもなく、
私が変わっている。

かりに、
あなたが変わったのなら
私が変わったのだ。

常にきづくのも私自身。

* * *

まぶたはひらいているので
見てしまうだけなのだ。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-27 13:46 | 天使 | Comments(0)

ひかりのステップ

 いま
  ここは
 わたし
   つねに
    ひのひかりは
 さえぎられることなく
    きみへととどいている

 アリアははねる
     ミュジック


 まぶたのうえに
  重い山脈がつらなっているのは
        つくりあげた時間の重み
                   のよう
 常に直喩のしなやかさがぼくらを遊ばせた

まぶたをあけよう
      そっと
重い山脈って何?な顔した
    きみがわらっているぼくは
                わらっている


* * *

ブラフマ

重力はじつに根をはる力だ。
      ぼくらは土をにぎり
 たしかめる
    これが土だと

じつにかろやかに根をはり
       のびあがるめ
 のびあがるいのち


* * *

ぼくらは息をはくと
    はいたその息のなかに
吸い込まれるようににして
       姿をけしてしまいそうになる
  だから
    ぼくらは想いによる
             錨 
 こころをしずめた

しずまりかえるなかから
 たちあがる
    わたし
      かたち
さまざまな色
  わたし
     
   

* * *

 雨戸をあける音のする

* * +
 

めは常にひらいて
  とじるとひらいている
      ひかりをうけいれているとはなす

すってはすい
     こまれる
        わたし
つないで
   あるものであーる
    
        わたし
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by sanshiro-1973 | 2010-11-27 13:38 | うた | Comments(0)

おかしなhedge

hedgeは垣根という意味ですが、
予防策という意味もあり、
障害、障壁という意味もあります。

垣根の機能が果たされないと
垣根の意味はありませんが、
垣根の役割がなくなればなくなるほど
ひとは幸せに生きられるような気がします。
宇宙から見れば
垣根など意味のないものだから。

また自分が作った防御壁が
自分にとっての障壁になることがあります。

保険もそうですね。
起こるかもしれない事故のためにかける予防です。
起こることに力を与えてしまう可能性もあります。
保険が機能しない方が本来は嬉しいわけです。

私もそういいながら仕事で、
保険には入っているのですが(笑)、
ただ、
エネルギーを外にながして流用して頂くとういう意味で考えています。
預金もそうで、預けて、ほかのどこかのために使って頂いていると考えています。
(もちろん使うために預金しているのですが。)
全部、あまり変わらない気もしますね(笑)
ただ、考え方しだいでは生き方も違ってく来ます。

時々、予防策というのは目の前に無い壁をつくってしまうように
思えることがあります。
その先と向き合えなくなるような壁。
そんなものはないのですが(笑)
リスクを常に考えるか、
生み出すエナジーとともにいるか、
あなたはどう考えますか?

安心安全は予防策で得られるものでもなく
常にある心のあり方なのかもしれません。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-26 20:49 | | Comments(0)

being 2

常に幸せで「ある」という
「私」から万物は創られている

幸せに鈍感なひとは
ひとたび
幸せだと気づくと
水をえた魚のように生き生きしている。
それが自然だから、
条件をつけづに
水へ飛び込んでしまいます。
それがもともとの私だから、
そこからさらなる発展的創造がはじまっています。

危険や不安を前提にして「生きよう」とすると
柵をつくってしまいました。
学びのための柵だったのです。
それは壊れることも前提です。

ぼくはきみの不安を手放しなさいとは言いません。
だって、
きみはその不安を手放すことになっているから。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-26 17:52 | 天使 | Comments(0)

turn over

よく、敏感肌の方とお話しする機会があるのですが、
敏感肌の方のなかには、自分の中にマイナス因子をつくって、
それにとても敏感で、
そこから逃げるということをしてきた方が多かったです。
ただ、一方、
居心地のいい場所や心地のよいものを見つける天才でもあります。
自分に合うものを識別することにとても敏感でもあるのです。
つまり、より素晴らしい選択をしているわけです。
その選択してしまえば、マイナスも気にならなくなり
なくしてしまうことも可能です。
実際、そんな方にもお会いしたことがあります。

より素晴らしいことに敏感になる私が
とてもナチュラルなエナジーの動きなんですね。

気づいたら、「それをしない」というところで立ち止まるのでなく
より素晴らしい私らしい行動をしてしまうようです。

一見マイナスに見えることは、
すべてを変える兆し。
受けいれて、より素晴らしい生き方を選択しいきさえすれば
過去がマイナスでなかったことも解るはず。

最近、過去を検証する作業をしていて、
ふと気付きました。
みんな進化しているんですね。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-26 12:06 | | Comments(0)

違い

違いを識別し楽しめたら
きみは
なめらかなエネルギー体だ。
宇宙がからだ
宇宙がこころ
宇宙がたましいであることを
充分表現している。

違いに判断を加えたら
柵をつくり
敵をつくり
自分と争いを始めてしまう、
恐れができてしまう。

判断は、きみのエナジーを停滞させ
本当のきみに
触れあうことのない機会をつくってしまう。

それでもなお、
きみには与えられている
いずれ作った柵も朽ちて壊れる
きみのエネルギーはしらないうちに
流れ出している。
麻痺した宇宙の指先に
生きた血は流れ始めている。
きみは血が通った光のからだで
思う存分表現すればいいのであーる。
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by sanshiro-1973 | 2010-11-25 17:46 | 天使 | Comments(0)

あたえられている

常に
悟っているのは私である
救っているのも私である
喜んでいるのは私である
幸せでいるのは私である
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by sanshiro-1973 | 2010-11-23 21:52 | 天使 | Comments(0)