ブログトップ

humming planet

san6.exblog.jp

<   2009年 10月 ( 32 )   > この月の画像一覧

うちとそとなるものはひとつ

a0130200_16372648.jpg

きょうは仕事をかねて
清里まで父母姉
私妻子供で
旅行に来ています。
清里は紅葉がまさにスタートした感じで
山並みも美しくとても柔らかい心地でいます。

高原道路を車で走っていると景色もきれいなの同時に
美術館もたくさんあり
美しい意識を集結させた町並みになっています。

でもなにかぎこちないというか
私のうちなるものとはなかなか共鳴しない美の集結なのです。
町並みの意図は心地良く
しかし、なにか欠けた気分になる。

それは私の意識、
もしくは私の美しさが
その美しさを
ひきよせていないからなんだと
思いました。

美しいはわきあがるエナジー。
とても自発的で積極的。
だから、うけとめることも積極的な力が働くのだとおもいます。
そして
美しいと感じることは
そこにいるぼくもふくめ
美しく
自らの美しさもみとめることなんだな
と思いました。

うちなるそとなるひとつ
ちょうわそのもののわはむげんに
ちぢんだりひろがったりしている
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-31 16:37 | | Comments(0)

今、喜びの中にいる私を思い出す

この季節の夕暮れは一回だけのアート。
この空を誰か見ていたらなと思ったりする。
この財産を共有している喜びをわかちあいたいと
思うことがあるのは、ぼくだけではないと思います。

今日も、
太陽のしだり尾のような雲が
ピンク色に西の空をくしけずっていました。

ぼくがカメラをとりに行っている最中に
その姿はまた変化していました。

この今に、喜びのただなかにいる私を思い出す。
a0130200_1855085.jpg


このような瞬間にも、これを味わいたくて
地球にからだをもって生まれてきたんだなと
思うのです。

喜びのみの宇宙であることが当然の理として
私は存在している。
もし、ぼくの友達がそう思えない今にいるとするなら
一日に、喜びや、
美しいことや、
楽しいことを
発見することを
あるいは
それだけを夢中になって思うことを
すすめるだろう。
ただ、言えるのは、その喜びは君が思い出した
大切なほんの一部
だということ。
ここにいること
どんどん喜びを思い出しつくりだすだけに
命を使っているんだ。

このブログをはじめたとき
喜びを思っているだけでなく、
一日一回でも、
美しいことを書き留め発振しようと
はじめたのだけれども
仕事や日常のことで後回しにしてなかなか書けませんでした。
10月は毎日書こうと決めて、書き始めたら、
毎日書くのが楽しく、あっうというまに1日残すところに。

来月からはインスピレーションの密度にこだわって
書いていこうと思います。
より直感にしたがって進めていこうと思います。
その上で毎日書けるといいな。
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-30 18:05 | | Comments(0)

日常は奇跡で永遠

日常は奇跡で永遠。
そんな感じがじんわりしています。
スピリチュアルです。

スピリチュアルという言葉。
最近、一時期ほどきかなくなりました。
流行だったのか、
当たり前になったのか、
よく分からないですが、
その言葉自身のもつ力がプラスティクなようなものに
なってきたのではないのかと思います。

ぼくはもともとスピリチュアルという言葉をあまり使いません。
なぜだかわからないのですが、
当たり前のことをことさらにいうことのように思えていたのと、
なにかこの時期にあってその言葉は仮設・特設会場のような雰囲気です(笑)
仮に18世紀のロマン派の詩人が
もしスピリッチュアルという言葉を使ったとしたら
内側から萌え出でるエナジーを感じます。

ところで、
最近、スピリチュアルだと感じだことはたとえば、
間違えてアメリカのサイトに注文したCDが長旅を終えて手元に来たことや、
パットメセニーグループのラストトレインホームをスーパーマルフジで聞いたとき
 ジョニーミッチェルのアルバムblueを聞いている最中、仕事の注文が入ったこと
  WEEZERの the angel and the oneを妻に説明したこと、  
月に地球が影を落としているのを思ったとき
   新聞配達が3時にポストに新聞を入れるカチャッという音
     クレマチスがこの時期につぼみをつけようとしたこと
      息子の笑顔、
            ギャグをいわない妻のギャグ
  朝の空気が湿り気を帯びて植物の呼吸を伝えたとき.etc..
              そして、この私の存在。
                 大きな光から分光して収斂するかんぢ

この地球だからこそ、スピリチュアルという言葉は
ステージになりえるのかなと思うしだいです。

日常は奇跡で永遠。
そんな感じがじんわりしています。
スピリチュアルです。
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-29 18:11 | | Comments(0)

発展的幸せ

おとといからのからだの変調が
頭から、のど、胸、おなかと徐々に下におりてきました。

おとといはのどが痛かったため、
ユーカリ、ペパーミントのブレンドされたアロマを使っていましたが、
からだには隔たりがないので
からだ全身を最高なからだであることを意識しないと
対処療法になってしまうことがわかりました。
そうした対処療法はある段階で飽和状態になってしまったようです。
マイナスをみとめた証立てをしているようなものです。

すべての私の細胞が最高の私であることを
ぼくはみとめています。

幸せの中にいると
幸せであることを忘れてしまいがちです。
そのため、しらずしらず
幸せでない自分を演じて
幸せをより実感しようとするのですが、
それではプラマイゼロになったにすぎないように思えます。
私、幸せは成長し続けます。
幸せな私はさらなる幸せへと膨らんでいくのです。
ビックバンで宇宙が瞬時に膨らむの同時に
幸せのみが膨らんでいるような感じです。

そんなことをふと思いました。
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-29 14:24 | | Comments(0)

heal thyself

バッチフラワーリメディの創始者、
バッチ博士という人が、
「heal thyself」という言葉を残している。
「汝自身を癒せ」といういうふうに訳されたりします。
昨晩、このことばが
ぼくには違うふうに聞こえました。


昨日、からだの変化が起こっていることを書きましたが
あの後、夜にピークがやってきました。
インフルエンザにかかったかなと思っていましたが、
微妙に違う、
熱をはかると36度から37度3ぶがピーク。
風邪かもねと気軽に考えていましたが、
こめかみからあごにかけて痛くなり
眠れませんでした。

ラヴェンンダーとペパーミント、スペアーミント、ユーカリなど
天然オイルがブレンドされたアロマを部屋中にたいて
プラス、
お風呂にはいったら何かがほぐれていきました。
(水のなかはいいですね!) 
お風呂の中で
「自分をゆるしなさい」とふと思いました。
「heal thyself」という言葉が浮かび
「完全なる私に統合せよ」とぼくの中で翻訳されました。

ふしめふしめにこうしたことになるので気にしていなかったのですが
今は、妻と子供がいるので少し慎重になり
今日、病院に行きましたが、かなりの混雑。
体温をはかると37度5ぶ。
やっぱり検査必要かなと思いましたが、
待っている途中で、仕事にいかなければならなくなり
キャンセルして仕事にいきました。
「今日は、検査に行く必要もない
心配する必要もないないな」と気が変わりました。

今朝、妻に
「もう少し人を頼ったり、頼ったりすることでつながりを確認しても良いんじゃない?」
といわれました。
ごもっともです。
自分をゆるす。
自分を本来のありかたにゆるす。
妻にも感謝です。

今は、とても落ち着いています。
インフルエンザや風邪を心配する以前に
完全なる私、最高の私であることを
忘れてはならないですね。
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-28 12:11 | | Comments(0)

晴れています

大気中に散った粒子を
雨が洗い
今日は青空が広がっています。
おとなりさんの洗濯の音で目が覚めました。
よーいどんで、晴れのひの仕事がはじまります。
雪をかぶった富士山も
しっかりと姿を見せてくださいます。
単なる起伏でしかないものが
こんなに美しくみえるのは
私たちに与えられた才能です。
実際にその山の起伏に意図が感じられ
美しいのです。


息子が2日前から鼻水をたらしているのを見ていたら
ぼくも今日から鼻水がすごいいきおいでたれてきます。
熱はないので、アレルギーかな?

さきほど
蓮根の入った雑炊を食べて
今、
エキナセアブレンドのハーブティーを飲んでいます。
いずれも免疫サポートの食材です。
ただ、普段から食生活には気をつけているので、
何か違う気もします。

単にアレルギーや病気やからだの不具合と決めて対処してしまいがちですが
こんなとき、こころを落ち着かせることが大事かもしれません。

からだはフィジカルな不調和だけではない不調和や、逆に変化する私を
メッセージとして伝えてくれます。

からだだけでなくこころも点検です。

太陽神経層からハートにかけて暖かいものを感じます。
決めたことが定まる合図でしょうか、
なにか素晴らしいことがはじまっているようです。

a0130200_1356343.jpg

[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-27 14:01 | | Comments(0)

みずとひ

雨降りで
静かな室内
音がひそやかに語らい
空気は
音をゆるしている空気は
私がいた場に欠けた場を
うめるように流れる私が
行く場で陽気にふるえる

なにもないところに
なにもないというところはなく
そこに
私はいつでも
巣をつくるそこから
私はいつでも
羽ばたいている際に
ビロードの羽の隙間から
クリスタルのしずくが落ちて
虹になっている私の
なかの水
水の中の私
ここに
編みこまれてゆく

器の外に
水がそそがれて満ちている
器の中を覗き込むと
私がひざと楽しみを抱えて
いびきをかいている私は
さらにほかのないところへ
あるを点灯する
土星のガス灯を
点灯する人の影が
あたたかくゆらゆらする
となり
あなた
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-26 17:45 | うた | Comments(0)

愛は常にあふれでている

息子が夜泣きをして目覚めた。

昨日、日記をPCでかいているとき
息子がきて
キーボードをいじってほぼかきおえたものを全部消してしまった(笑)
そのおかげで、再度見つめ直すことができました。


そして、今、くっきり目が覚めてしまった(笑)
けれどおかげさまで気づいたんだ。

ふと、自分が正しい道をすすんでいるかと確認する時、
ハートは愛を与えたくてしかたないときだ。
ふと、自我がわきおこった時、
ハートは愛をあたえられず放出したいときだ。

愛はあふれでているのがあたりまえなんだ
そしてげんに
愛は常にあふれでている
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-25 03:34 | うた | Comments(0)

消化中です

さまざまざなサポートがはいり
昨日、何か手放したら
あたらしいエナジーが入ってきました。

自我で巻きに巻いたハートが解け
かろやかでこまやかなエナジー。

どうやら私は
まだ二元論のお試しを受けていたようです。

こう書いているうちに消化されている最中です(笑)
天使たちのサポートです!

善悪二元論はちょいとしたところにも潜んでいるようで。
好き、嫌いとか、うまい、まずいとか
二項対立した考え方もそう。
自分の思いがあるのに
それをあかすのに
理由をつけて明かさないのもそう。
この二元論に従うと
味わえる幸せが少ないわけです。
たとえば
すべて起こることが(段階はあれど)幸せなことだとして
これはだめあれはだめの条件をつけていたら
その幸せのひろがりを味わいつくすことはできない。
こんな感じです。

最近、リフレーミングという言葉をきくことがありますが、
マイナスに思える事象をプラスのフレームに変える。
と、いうことようなことかな?
「神経質」な人を「慎重で、確実」な人とみようとすること。

このリフレーミングも段階的なすてきなこころの使い方だけど
これはマイナスとして認める波動があるようなきがします。
でも、これはとても素晴らしい頭の体操だと思います。
そこで一歩進んで、
プラスマイナスのフレームをはずしたところにある
プラスにしかならないものがはじめからあると
最初から認めて受け取ってしまうのが
いいのかもしれません。


まえまでぼくの中には小言男がいました。
小言男はマイナスフレーム輪投げ名人でした(笑)
けどだんだん小さくなっています。
というのも最近まったく小言男を認めていなかったからです。
もういなくなってしまうと思います。
もういないのではないかな(笑)
いないね!

自我はぼくらの
今踏み出せるステップを止めさせる、
勇気をそぐもののようです。

真我で生きるということは
様々な意識が宇宙にあって
本来の私は
かろやかにステップをふむダンスをして
それをみとめて、受け入れて、
愛しているようです。
そして、ここでいえるのは
「本来の私」の「本来は」いらないかもしれません(笑)

これを頭だけでなくハートから理解している最中です。
明日も楽しみです。
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-23 17:49 | 天使 | Comments(0)

アヴォカド

アヴォカドは
クリームのような緑色のところがアヴォカドのなのか
それともナツメ色した種のところがアヴォカドなのか
はたまた熟した深い紫色の皮がアヴォカドなのか

どうなのだろうか

つまりはその実をなした枝や幹、根がアヴォカドなのか

そうなのだろうか


そのすべてがアヴォカドだと
きみと私はささやいたとして

そのすべてがアヴォカドだとするなら

私たちが吸い込む空気や
吐き出す空気も
アヴォカドだ。

大気中に散らばる水も

それを受けいれる澄ました空も

にこにこ与えつづけている太陽も

ぼくのポッケの中の星ぼしも

そのひかりさしこむぼくらの目玉も

犬のしっぽも

鳥のはばたきも

きみの唇も

アヴォカドなんだ。
そう
笑いながら

そう
私のあらゆる
私を
そっと
むすんで
ひらいている
[PR]
by sanshiro-1973 | 2009-10-22 21:55 | うた | Comments(0)